いーすく! #01 通信!

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掛け時計の秒針と猫の寝息だけが、部屋の中に響いています。
 
大型連休も明けた5月上旬の日曜日の夜、1年目・1回目の講義週が始まりました。いよいよこの日から、大学生としての日常が始まります。
 

#1 通信!

 
話を先に進める前に、まず何が起きているのかを説明することにします。
 
もう少し自分のこときちんとしたいという想いから、筆者(まさゆめ、当時29歳)は2011年度W大学人間科学部環境科(仮名)通信教育課程:通称「eスクール」にて学ぶことになったのでした。いわゆる社会人学生というやつで、筆者としては初めての大学生活です。選考試験は前年度の秋から冬にかけて行われ、無事合格。入学書類の作成や学費振り込みなどの事務手続きを終えて、この日を迎えたのでした。
 
さて、大学で学ぼうという動機の述懐・・・は後に回すとして、この大学(eスクール)のコンセプトを示します。
 
ズバリ「インターネット全振りな通信制」です。
 
一口に通信制と言うと、赤ペン先生、N高校さん、新聞の一面広告でよく見かけるユーキャンさん、あるいは地味にほとんどのご家庭で視聴可能な放送大学さんなどを思い浮かべる方も多いでしょう。それらのイメージはいずれも正解です。
 
しかし今回入学したeスクールは「インターネット完結型」という部分で違いを見せています。なんだかとある消費者金融のCMで聞いたようなキャッチコピーですが、こちら(eスクール)の方が先に「ネット完結」という表現を使い始めていました。確か。
 
続いてeスクールの受講システムを簡単に説明していきます。
 
講義は特定の時間帯に拘束されないオンデマンド方式で提供されます。要は指定された期間内であればどの時間帯でも閲覧(=受講)することができます。オンデマンドと従来の受講スタイル(以後「通学制」と表現します)を対比させると、通学制の受講チャンスは原則として1講義1回であるのに対し、eスクールは何度でも見直すことができます。
 
まあ単純には、テレビ放映の映画(=通学制)とツタヤで借りた映画(=eスクール)の差です。
 
このシステムを安定して実現するため、eスクールでは学内プラットフォーム「コースナビ」を用意しています。まあ取り立てて斬新な機能はなく、学生ID保持者がログインすると参照可能なコンテンツのリンクが示されるシンプルなものです。各科目にはそれぞれ、毎週の講義映像や参考資料、更には参加者が議論を交わすためのBBS(掲示板)が用意され、受講生は受講期間内にこれらを利用して学びます。
 
さすがに大学の作ったシステム、基本的には無骨なコースナビさんですが、それでもあえて斬新なのかもしれない機能を取り上げると、レポートなどの提出も基本的にはコースナビ経由で行えるように取り図られている点でしょうか。このポリシーによって、紙媒体での文通や提出を行う局面はほとんどありませんし、大学事務局とのやりとりも基本的にはコースナビで行うことができます。
 
まさにインターネット完結。
 
恵まれた受講環境です。ですが、ここからどうやって・・・
 
もちろん大学当局もぬかりはなく、オンラインサポート窓口、入学関連書類一式にパソコン関連書籍の同梱、故障時のパソコン期間限定貸与サービス、といった手厚いフォローを行っています。さすが大学。さすが高等教育機関。
 
冷静に考えるとパソコン操作に引け目を感じる利用者がオンラインサポートまでたどりつけるのか、はたまたパソコン関連書籍を送りつけたところで当人が理解できるのかが謎ですが、様々な対策を講じている事実に大学側の熱意を感じます。かくいう筆者は氷河期世代の最晩年生まれ、インターネットと置き型ゲーム機の進化を具に眺めてきた世代のため、インターネット完結型というシステムに抵抗はありませんでした。
 
いえ、そこではなくて。
 
ここから、何を受講していけばよいのでしょうか。
 
や、もちろん筆者もさすがに無思慮で受験したわけではありません。入学にあたり、学びたい領域の目星をつけ、学習計画も検討しました。しかしその程度の準備で事が済むはずがないのです。そもそも4年制大学は卒業までに124単位が必要(大学設置基準第32条)とされていますが、これはeスクールも同じです。
 
補足しますと、eスクールにはいわゆる編入タイプの「αコース」と、4年制大学と同じ単位数が必要な「βコース」があるのですが、筆者は生涯初の大学生活であるため、選択の余地なくβコースとなりました。1科目で得られる単位は多くが「2」ですから、なんかもうめちゃくちゃ科目を取らないといけないことは確実です。
 
この恵まれた環境を用いて、どうやれば具体的な一歩を踏み出せるのでしょうか。なにしろこちとら大学を知らないし、仮に大学を知っていてもeスクールのやり方、eスクールでの生き方は知りません。何か間違った方向に進んでしまう恐れはないのでしょうか。
 
通学制のキャンパスライフでは、集団や大学文化に上手く溶け込めない新入生は孤立すると聞きます。そういった学生はツテを使えないがためにどの科目も自力で攻略するほかなく、コツコツと勉強を重ね、そのために友人関係が遠のき、バイトと勉強以外にない悲惨な大学生活となる・・・
 
冷静に考えると真っ当な大学生活な気がしますが、こういったエピソードはたいてい「ああなってはいけない」という文脈で語られることが多いものですから、注意するに越したことはありません。
 
しかしeスクールというのは、入学していきなり単騎であることが約束されています。誰も声を掛けてこないし、そもそも筆者という学生の存在を周囲に認識させなければ、そこに人がいるということに誰も気づかないのです。まさにパラレルワールド。まさに全員幽霊。どうしよう。
 
しかし幸いなことに、eスクールには学生同志の交流に用いるためのBBS(交流BBS)が常設されていました。この掲示板は正式な入学前(ただし合格後)の段階でアクセスすることが可能でしたので、結果的にそこで首尾良く情報を手に入れることができました。というか、ヒントを与えてくれるであろうスレッドはすぐに見つかりました。
 
「春学期科目登録会のお知らせ」
 
かような悩みに対し優しいアドバイスをくれるのは、先輩方と決まっています。たぶん。
 

秘密結社「科目登録会」

 
まだ寒さが残る2月下旬、東京の空はいつものように煙っていました。
 
eスクールの在校生が集まって履修科目の検討を行う「科目登録会」が開催される。何も分からない新入生にとっては期待より不安が大きい心持ちのまま、ひとまず参加エントリーを行いました。
 
あれれ~インターネット完結じゃなかったの?というツッコミには、これはまだ大学の公式行事じゃないから!と弁明させてください。というのもこの科目登録会は「通信制の学生によって運営されているサークル」が主催しているものとのことで、よくわかんないけどさっそく大学らしくなってきたのかなこれは?という曖昧模糊な認識で参加したものでした。怪しい壺とか売りつけられれば、それはそれです。
 
会場はよくある居酒屋だったかカラオケボックスだったか、案外普通の飲み会でした。当然ですが、これが筆者にとって初めて、通信の学生と接触した瞬間でした。そこに居たのはまさに多種多様、どういう募集をかけたらここまでバラバラな人たちを集められるんだ、日本の縮図といえば静岡県や兵庫県が有名だけれどしかし静岡で適当に人を捕獲してきてもこうはならんだろ・・・というほど、とにもかくにもバラエティに富んでいるな、というのが集団への印象でした。
 
しかしなにしろ筆者はその時も今も、地味ハロウィンの攻撃対象になりそうなほどの地味挙動者、一般的に言うと世間知らずの人見知りでしたので、その雰囲気に溶け込むまでかなりの苦労を要しました。ただそれでも、このeスクールには生身の学生がちゃんと居る、という事実それだけが、その後に控えるeスクールライフに明るい兆しを与えてくれたのでした。
 
さて、会の進行としては最初こそ和気藹々とした飲み会でしたが、ほどよくお腹が満たされて自己紹介も一巡した頃合いに、突如として検討会モードになりました。
 
えっ、そういうのは普通飲む前に片付けちゃわない?と思いましたが、新入りに余計な詮索は無用です。いつの間にか皆、科目一覧が記された紙を睨みながらメモを取ろうとしています。すごい集中力だ。ていうか酔ってたじゃん。さっきまでの笑顔は嘘だったのか?
 
人見知り的には難解すぎる急展開に、なんとなく圧倒されてしまいました。事態をやっと飲み込んだ頃には、司会ポジションと思しき男性を中心として、科目の検討が本格化していました。
 
司会男性「続いて○○心理学について、情報ある人」
中年女性「(挙手して)はい!」
司会男性「ではどうぞ!」
中年女性「昨年受講しました!レポートが2本あり、楽しい先生です!」
妙齢女性「負荷は!」
中年女性「えっ?」
妙齢女性「負荷はどうなの!」
中年女性「負荷は…高いです…」
妙齢女性「(浮かない顔)」
中年女性「・・・」
司会男性「他に○○心理学について情報のある人、いませんか!」
妙齢男性「もういいんじゃないか、負荷は高いってことで」
司会男性「で、では次の科目行きます。○○論について情報ある人」
 
こんな感じで科目1つ1つ、各自の情報を共有する作業が続けられました。
 
よくよく聞いていると、どうも科目の評価ポイントが面白いかどうかより負荷の高い低いになっている点と、なにやらエグい上下関係が見え隠れするような刹那が気になりましたが、なにせ新入りなので深入りしてはいけません。とりあえず「負荷が低いらしい」科目の名前だけはいくつか覚えることができました。これだけでも、一歩目を踏み出すための参考資料にはできそうです。
 
これが、大学のサークル・・・
 
なにしろ世間知らずの人見知りです。インターネット完結を宛にしていたのにいちいち都内某所でサークル活動に参画するようなパリピな日常は想定していませんでした。それなりに情報を与えてくれた恩義、少なくとも壺を売りつけるような狼藉はなかったこともあって、会を主催したサークルには入会することにしました。4年分の会費を一挙に取られちゃいましたので、4年間は会員のようです。え、でもこれだと途中で辞めたくなっても・・・とちょっと気になりましたが、新入りに余計な(以下略
 
しかしなにしろ人見知りなので、以後はほとんど関与しなくなりました。不本意ながら、ぼっちでやっていくことを覚悟せざるを得ないと、このとき既に決意していたように思います。
 
ただ誤解のないように付け加えると、筆者はサークル内で何かしらの実害を受けたということはありません。単に人見知りであったというだけです。きっとこの広いインターネットの世界、そのサークルに関する話題を華麗にしたためているブログなども探せばいくらかあると思いますし、そちらの方が正しい見方なのかもしれません。
 
なにはともあれ、筆者はリアル方面の充実を早々に断念し、コースナビとは離れたところで培っていたもう一つのネットワークに賭けてみることにしました。
 

Skypeグループチャット

 
2011年は何もかもが端境期だったように思います。特にインターネット経由のコミュニケーションにおいては、ハードはあるのにソフトがないという希有な状態が現出していました。
 
細かく書くと、2010年までのリアルな繋がりを司るSNSの両巨頭はmixiとfacebookだったと記憶しています。一方、現在のオープンなSNSの絶対王者twitterは「ミニブログ」という今思えば相当に不自然な枕詞が与えられるほどコアな存在で、あまりリアルな繋がりがメインではなかったと思います。そもそも筆者のおぼろげな記憶が正しければ、twitterというのは有名無名に関わらず発せられた「つぶやき(ツイート)」が、やはり有名無名関係なく数多のユーザーに共有され、あるいは共感され、ゆるやかに繋がっていく・・・というのが当初の趣旨だったと思います。そのためリアルで繋がるとかリアルのステータスが物を言うとか、そもそも知らない人に声を掛けちゃいけないとか、そういうのから一番かけ離れなきゃいけない媒体だと思うのですが、思った通りにならないのは世の常です。なんせ「呟き」ですから、オフレコ的な意気込みでオフレコ話をツイートした人もかなりいたと思うのですが、もはや誰もそうは受け取りません。話は脱線しましたが、なにより、個々人のやりとりは未だにメール、写メール、キャリアメールが主流でした。簡単に言えばLINEがまだ登場していないので、やりとりするにはメールしかないのです。
 
しかしLINEよりも前から、手軽なメッセージのやりとりやグループチャット的な機能を有していたソフトはありました。その最大手が「Skype」です。詳しいいきさつは忘れてしまいましたが、2011年入学の同期がmixiかなにかで合流し、情報を円滑に交換するためにSkypeを使おう、という流れとなりました。こうやって書いていると2010年前後のインターネットは相当にビジネスチャンスが溢れていたと思いますが、当然ながらそのことに気づくはずもなく、皆淡々とSkypeアカウントを用意し、同期グループチャットが形成されました。
 
科目登録会ではさまざまな老若男女がいました。ただ参加者のほとんどが、科目の話となると真面目に人の話に耳を傾け、その科目は楽なのかそうでないのかといった質問を繰り返していました。やはりその点は学生ということでしょう。ならばきっと同期の皆も、年代も性別も生き様も異なれど、目指す方向は同じなのだからよき友人になれるに違いない。最初は時間が噛み合わなかったグループチャットのメンバーも、ほどなくして同時にオンラインとなる参加者が増えてきました。
 
はじめまして。何を話そうかな。きっとみんな困ってますよね。そうだ、自己紹介とか持ちかけようかな。みんなどんな場所からアクセスしているんだろう。せめて同期とは協調してやっていかないとね。などと一応緊張していたような気がしますが、チャットのハイライトはこんな感じでした。
 
僕 はじめましてー
C こんにちはー
A はじめまして。
B うんこおおおおおおおおおおおおお
A うえええええええええええい
D 盛り上がってますねー
B おええええええええええええ
A マジクソw
C やめなよー
僕 科目登録会、いらっしゃいましたか?
B ああああああああああああああああ
D あっはっはっは
C 行きましたよー
僕 いらっしゃったんですね!
B クソ!本当クソ!
C 黙って!
B うえええええええええええ
A いえええええええええええ
 
記憶に基づいて書いてみたので嘘があるかもしれないけれど、嘘だとすれば優しい方に倒している嘘である。実際こんなもんじゃなかった。無邪気なメッセージにも程があるだろなんなんだAとBは。何しにきた。確かにいろんな人が居るであろうことは想像していたけれど、会話が成り立たないのは聞いていない。
 
まあこんなような流れで、最大で15人は登録していたこのSkypeチャットも、錯乱者AとBの騒擾によって一人また一人と離脱していきました。どんな上質かつ多人数のLINEグループチャットも、ならず者が数人紛れて荒らしただけであっという間に廃れる現象を筆者はこのときから体感していました。リアルに代わる情報交換ステーションにすがっていこう構想も、ここであっさりと潰えたのでした。
 
Aめ。Bめ。ええいもうSkypeチャットの連中め。お前らのハンドルネーム、しかと覚えたからな。
 

入学式中止

 
そして筆者が入学年を明かしてしまった以上、この事実に触れないわけにはいきません。
 
2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震が発生しました。その影響によって当期の入学式(eスクール生も式だけはリアルに集まって開催)は全学的に中止となってしまい、前期(4月~7月下旬、8月以降夏休み)も1ヶ月ほど後ろ倒しされることになりました。
 
一応このコラムはどのタイミングで読まれても大丈夫なように配慮したかったのですが、行われていない入学式を行ったことにするのはさすがに無理があるので、その旨書いてみた次第です。
 
結果として筆者はいよいよ、学期開始前にリアルな学生と繋がるチャンスを失い、mixiで繋がることができた人々、特に治安最悪なSkypeグループチャットを荒らしている者共らと共に、荒海に漕ぎ出すこととなったのでした。
 
大学って・・・こんな感じでいいのか?
 
あるのかないのか分からない計画停電に怯え、プロ野球をいつ開幕させるのかなどの議論に悶々とし、想像を絶する被害と余震の報道に日々胸をえぐられながら、第1回目の講義開始日がやってきました。
 
5月上旬の日曜日の夜、つまり月曜日が明けた午前0時。1年目・1回目の講義週が始まりました。いよいよこの日から大学生としての日常が始まります。無骨なコースナビの表示は予想通り、特に新学期を祝うエフェクトがかかるでもなく、もちろんログインボーナスを与えるでもなく、静かに講義コンテンツのリンクがアクティブになったことのみを示していました。自宅のパソコンという見慣れた日常に、ゆく年くる年の新年の瞬間のごとき静けさでその歴史的瞬間は通り過ぎたのでした。
 
これを、あと4年?
 
千里の道も一歩からとは言うものの、124単位先にゴールがあるという都市伝説を信じられるような、石のように固いそんな意思は全く持ち合わせていませんでした。ただ理解されたのは、この瞬間から、死ぬ気で乗り越えるべきは4年後のゴールではなく、1週間後の受講期限である、ということでした。
 
次回、受講のあれこれについて書いていきます。
 
なお章立ては2009年に人気を博した某アニメから拝借しています。できればそのアニメの放送回数くらいは書きたいな、あんまり劇的な展開はないけれどそれは許してね、という決意表明です。でも特に僕の同期で僕に狼藉を働いてきた人たちは、震えて待つがよいですよ。