いんせい!! #20 教育コーチ!!

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生協のライバル、コンビニチェーンのデイリーヤマザキが出店したフロアと同じ3階に、eスクールの元締めといえる「eスクール事務局」がひっそりと存在している。その中には事務機能と(おそらくは)サーバ類、そして講義映像収録のためのスタジオが常設されている。博士課程に進学(=修士号を取得)した筆者は、この年から教育コーチに任命され、その実務を担うこととなった。教育コーチを務めるにあたっての必要な研修を経た後、春休み中のある日、筆者の姿はこのeスクール事務局にあった。eスクールを受講されたご経験のある読者さまはピンとくるかもしれない。自己紹介映像の撮影である。eスクール生時代は「皆さん、なんでこんなので緊張するかなあ」と思っていたが、いやはやどうしてこんなに緊張してしまうのだろう。ガチガチである。藤沢先生はこの状況でカメラを振ってとか言ってたのかと思うと恐ろしい。撮り直したい。
 

#20 教育コーチ!!

 
いんせい!!から読み始めた数少ない読者のためにこの謎の地位についてごくごく簡単に説明すると、教育コーチとはeスクール(早稲田大学人間科学部通信教育課程)限定のチューター兼メンターポジションである。eスクール生からみると、基本的にやりとりするものは文字がメインであるのに、先生と見まごうほど威厳のある教育コーチもいる。筆者はこの年にして学部2年生に間違われる程度には威厳がないので、eスクール生の気持ちに寄り添うことは自然に出来ると自負していた。
 
教育コーチの仕事は教員との科目デザインから始まる。筆者の場合、昨期までの状況がよく分からないこともあり、その引き継ぎも必要であった。基本的には科目は教員のものであるので、学生に提供される内容は教員が責任を持って提示していると考えて差し支えないが、さすがに教育コーチという「TA以上」の立場が尊重されたとき、それなりにアイデアを出すなどのことはある、とだけ記しておく。なにしろeスクール出身の教育コーチであるから、学生が痛いと感じることも、案外そうでもないなと安心できるやり方もだいたい知っていた。
 
学期開始直前、講義内容のチェックを兼ねて受講と課題内容の確認を行う。これが意外と時間を取られる。諸々の設定と確認を終えると、いよいよ受講開始である。この科目のBBS(受講者が自由にコメントできるページ)のポリシーは他科目と比較してゆるめの態勢、つまり書き込み必須とはしていなかったが、それでも何名もの受講生が次々と自己紹介を書いてくれた。楽しい講義となりそうだと思い、丁寧に返信していった。
 
2回目以降も基本的には内容確認→BBSチェックと質問対応、で時間が過ぎていく。直前になってバグを見つけることもあるので油断ならない。手に負えないほどの高度な質問は教員に引き渡すことになっているのでその点のプレッシャーはなかったが、早々に問題が生じてきた。BBS内にあまりに似たような感想コメントが並び、いいかげん語彙が尽きてきたのである。それ、○○さんがさっき書いてましたよねと思うものはさすがに「○○さんのところでも返信しましたように」とそっと書き添える。こう書くと同じ内容の感想に天丼しようとする学生は当該スレッドにレスという形で密かに協力してくれるのだが、どういうわけかほぼ全員がスレを1から立ててしまう。時間差はあるが、何十人と一斉に話しかけられている気分である。聖徳太子でも胃もたれ起こすんじゃないかという気がする。このままでは脳が持たんということで、返信コメントを気持ち短めにしていく。
 
講義も中盤になり、いよいよ中間レポートの出題である。レポートの採点についても、基本的には教員任せのものであるが、一応教育コーチであるので教員からそれなりに意見を求められるし、意見することも少しはある、とだけ記しておく。この辺りから、週の最終日に滑り込み受講と滑り込みBBS書き込みを行う学生が増えてくる。インターバル走でギリギリ入線した走者が、次のスタートをすぐに出来ない気持ちは分かる。そういった学生に対して教育コーチとして優しく寄り添おうとするものの、週が切り替わる2時間前とかに投稿されても「お疲れ様」と言うチャンスはない。朝起きたら丹念に返信してきた数の2倍の書き込みが一晩で積み上がるともうこちらも耐えられない。以後、必ず返信しなければならない内容や興味深い情報と知見を備えた書き込みを優先的に処理していくことを心がける。
 
中間レポート締め切り間際となると、どういう訳かパソコンが不調になったなどと言ってくる学生がいる。機械ならまだしも、当人が不調ということになれば頑張れとも言いにくい。しかしそんなことを泣きつかれても教育コーチには判断できないので、教員マターの案件とする。教員は教員でそこまで情(情報)が入っていないこともあるのか年の功なのか、熟練の対応で学生を納得させる。これで終わってくれればよいのだが、何割かの確率で教育コーチをすっ飛ばして教員とやりとりをする学生もいる。学生の行為自体に問題はないのだけれど、話にならないと思われたかな、この科目では基本的にわししか窓口対応していないんだけどな、などと結構落ち込む。
 
講義も3ヶ月となると、いよいよ期末レポートの足音が聞こえてくる。学生の中にも「小テストでこの選択肢が不正解なのは納得いかない」などとやたら攻撃的に書き込んでくる者が現れる。確かにごくまれにだが設定ミスがあり、その際は学生に不利益とならないような修正を行うことがあるのだが、結構な言いがかりのようなものも混じっているので慎重に対応しなければならない。しかしそんな対応を繰り返していると、勉強の場でなんでこんなクレーム処理みたいなことしてるんだろと情けなくなってくる。いや、クレーム処理係と割り切れれば納得するのだが、たぶん求められているのはそれではないのだ。BBSへの返信も遅れがちになるが、気力で返していく。
 
そして講義最終盤、前後して期末レポートの提出期限も到来し、科目は終幕を迎える。こまめにBBSを書き込んでくださる学生さんにはなにかと情が湧くが、レポート内にBBSでのやりとりをそのまま持ち込むのはちょっと止めておいた方がよいと思う。期末レポートの事務連絡と科目全体の報告を教員に行い、教育コーチとしての仕事が終わる。
 

日曜と月曜が怖い

 
eスクールの週の切り替えは日本時間の月曜午前5時(2020年度現在)となっており、受講(視聴)期限やレポートの提出期限もその節目に同期しているケースが多い。そのため学生は月曜朝4時59分までもがくので、突発的な対応はだいたい日曜の夕方以降に訪れる。ギリギリのタイミングだと即応できない恐れがあるので早めにね、とあらかじめBBSに書いているのだが、そういう人はきっと読んでいない。次いで管理者的立場では、あらぬ不調が学生から報告されるのも肝を冷やす。それはだいたい月曜の早い時間帯にもたらされるので、日曜から月曜の36時間くらいは神経をすり減らす時間帯である。もちろん、問題を迅速に伝えてくれること自体はありがたい。
 
それにしても、である。eスクールを受講する側だった時は、やれ教育コーチの働きが微妙じゃないかだのもうちょっと質問攻めにしてやろうだのなんでそんなにカリカリしてんのだの思うことは少なからずあったが、とんでもない話であった。ここまで過酷だとは。ここまで「寄り添う」ことが難しいとは。そんな苦労話を年に一度「eスクール講習会」で他科目の教育コーチと共有するのだが、もっとエグい事例もちらほら聞かれて、何が鍛えられたのかよくわからないがなかなか勉強になる。具体的に言うことは憚られるが、お願いだからもうちょっと中に人が入ってると思ってもらいたいな。
 
とはいえ学生時代、憧れとは言わずとも「面白そうだな」と思ったこともあったポジションであった教育コーチを担当することができたのは、素直に喜びである。ゆくゆくは後進が育ち、筆者より遥かにまめまめしい教育コーチが筆者の担当する科目を引き継ぐことになると思うが、まあそれまでは、もし相まみえることがあれば、受けて立ってしんぜよう。
 
どんなに邪険にされてもなお、教育コーチはいつまでも、学生さんの学修を心より応援しています。
 
 
 
(初出:2021/01/30)