いんせい!! #09 就活!!

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とにかくがんばるしかない、のだそうですよ。
 

#09 就活!!

 
ここまでこのコラムではあまり触れてこなかった現実ですが、大学3・4年生にとっての当面の一大関心事は卒論、ではなく「就活」なのは論を待ちません。もしかしたらこのさき何十年と過ごすかもしれない、それどころか自らのステータスを爆上げさせてくれるかもしれない会社から採用されるために、新卒での就職活動に命懸けで取り組むことは当然です。しかしながら唐突にカミングアウトしますと、筆者は就活というものをまともに経験しないまま今の職に就いてしまいましたので、最新の就活事情についてモノ申す資格はありません。とはいえ「就活」なるイベントに大学のゼミがどのような影響を受けるかについては、筆者程度の立場でも一応述懐することができます。そのため本稿は「長いあいだ山に籠もっていた修行僧が、麓の寺子屋に降りてきて若者から就活の話を聞いたら驚いた」という架空の設定で読んでいただければ幸いです。
 
〽就活の席も告知もまだ見ねどどうして君ら嘘をついたの
 
筆者がM1の頃、3年生(11期)に「いつから就活を始めるの?」と質問を投げかけたのは、長泉ゼミが軌道に乗り始めた秋口だったと思います。学生の反応は様々でしたが、共通していたのは歯切れの悪さでした。結論から言いますと、とっくに戦いは始まっていました。就活についてさすがに本当に何一つ知らない状態で訊ねるほど筆者も意地悪ではなく、例えばその年は経団連から「翌年の新卒採用にあたり、会社は3月1日まで就活窓口を設置せず、7月31日まで採用通知を送らないこと」という指針が出ていたこと程度は把握していました。訊ねた時点では解禁日まで半年ほどあり、よほどアバンギャルドな会社か経団連など怖くもなんともない外資系企業が先行して動き出しているんじゃないかな、程度の認識でしたが、これはもうエナメル質を一発で葬る程度には激甘な読みでした。そろそろじゃないですかね。みんなのことはわかりません。いえ、全然やってませーん。大丈夫っす。うーん、なんかちょっと人狼多すぎんよ。
 
天真爛漫な学生達に芸術的な二枚舌を駆使させた事情として、就活窓口のアングラ化がありました。後日聞いた話を総合しますと、多くの企業は多分に経団連の指針を意識してはいたようで、種々の「解禁日」を守ろうとしていました。しかし解禁日を本当に守っては選考スケジュールがあまりにタイトになってしまうなどの理由で、各社、学生ともに水面下で激しい動きを繰り広げていました。その結果、アングラ会社説明会、アングラエントリー窓口、アングラ最終面接にアングラ内々定まで存在していたといいます。どう考えても教育上好ましくないといいますか、良い大人達が何やってんだと義憤に駆られましたが、その気持ちは当事者達が数ヶ月前の段階で飲み下していたであろうことを想像すると何も言えません。ゼミにおいても、確か3年生の冬頃から「就活的な何か」を理由とした欠席や遅刻事例があったと記憶していますが、実際はその遥か前から暗躍と調整が繰り返され、学生当人の努力ではいよいよ収拾が付かなくなってきたのが冬だった、というのが真実に近いようです。
 
〽水や空空や水とも分かるのにどうしてつるかめ算解いてるの
 
就活に関するエピソードで次に驚かされたのは、冬場だったか春先だったかのゼミの休憩時間中、学生が「つるかめ算」の勉強をしていたところを発見したときでした。いやつるかめ算て。あれでしょ、脚の形見れば分かるあれでしょ。中学受験、いや小学校何年生かで通り抜けてきたはずのものを、これから卒論を書こうとする大学4年生が解いているわけです。シュールレアリスムというか、本当にコントかドッキリ系かと思いました。当人達は至って本気で、まさゆめさんはSPIも知らないんですか!と逆ギレされてしまいました。すみません、勉強(=Google検索)させていただきました。なるほど、彼らはゼミと並行してSPI(適性検査)の対策を行っていたのです。これも話を総合しますと、エントリーに際して企業がSPIの提出を求めている場合があり、まともな成績でなければ書類審査で落とされてしまうとのことでした。つるかめ算の点数で採用可否を決めるのもなかなかウィットに富んだ仕打ちだなと思いつつ、脚の形を確認すれば簡単に解けるよ、と指導してあげたところ、うっす、大丈夫っす、とにかくがんばるしかないっす、とのことでした。毎回思うんですが、こういう返し方において一体何が大丈夫なんですかね。
 
〽就活に行くのの春も遠ければどうして君はゼミに来ないの
 
そして春、晴れて本当の就活シーズンに入りますと、学生は水を得た魚のように「面接が入りました」「会社説明会がありますので」「エントリーが忙しくて」「就活の疲れで熱が出て」などなど、ある意味で堂々とゼミ欠席メールを送りつけてくるようになります。そもそもゼミは何回か欠席すると自動的に単位を与えられなくなり、ひいては卒業できなくなる恐れがあるほどに(大学の学修において)大切な存在なはずですが、就活での重要局面が入ったとなればそうも言っていられないのも仕方のないところです。ちなみに仕方ないね、で済まさないゼミもあると思いますので、現役大学生の皆さまは本当に注意してくださいね。
 
ただこれはよくしたもので、課題をキビキビとこなす学生は就活も早くカタが付いて卒論に早くから集中できていましたし、課題がおろそかな学生は就活もなかなかな長期戦となって結果卒論も後手を踏むという傾向がありました。つまりなにかと「就活が~」という学生ほど、元々卒論の進捗は遅めで、先生目線に置き換えますとこれから手も時間もかける必要がありそうだなと感じる学生ほどゼミを就活で欠席するわけです。良い印象に繋がるわけがありません。そのさまはさながらキングボンビーに毎ターン金品をむしり取られるがごとき負の連鎖で、もうこの時点で何かの勝ち負けがついているのではないかというような錯覚すら覚えます。もちろん、勝ち負けなんてこの時点でつくわけがないし、入社してもつくことはないのですが。
 
〽我のみと思ひどうかと訊ねどもどうして君は逆ギレするの
 
春学期の終わり、つまり夏休みを間近に控える頃、4年生からサクラサクの便りが聞こえ始めます。しかしその情報は必ずしもおおっぴらにされるものではなく、同期ゼミ生の間ですら共有されていないことがしばしばありました。よくわからんから、とりあえず当人に口を割らせれば誰が言った言わないの話にならんじゃろ、と気さくに進捗を訊ねると、まさゆめさん訊いてはいけないことを訊きましたね。僕らの仲を悪くさせたいんですか。いえいえそんな大丈夫っす。などと全く以て不穏当な発言が次々とこぼれ落ちるのでした。
 
今思えばそれも無理もありません。この時期、サクラサクとサクラマダの学生が混在している状況であることと、すべての4年生はいわゆるお祈りメール、直球で言うところの不採用通知、かわいげのある言い方をしますと「あなたよりふさわしい人を見つけたからもう会いたくありません。さようなら。あなたの幸せを祈っています」といった主旨の文を送りつけられ、場合によってはそれすらも届くことなく、かつ自己分析だの圧迫面接だので心密かに心折れている状態なわけで、そりゃ数百社にエントリーしたらとんでもない数落ちるでしょ・・・と思いつつも、あまり深掘りすることは憚られる雰囲気となっていました。そりゃまあね、他の誰が祈ってくれてもお前(会社)だけには祈られる筋合いねえわと思いますよね。ただ気を取り直して「何か(卒論で)手伝えることとかある?」と訊いても、いや大丈夫っす。というばかりで、大丈夫じゃないから訊いてるんだけどなと思いつつ、結局は彼らのサクラがひとしきり咲き誇るその日が早く来ることをそっと見守るしかないのでした。
 
〽就活をこぎ離れにしあまちゃんやどうして君はこの進捗で卒業できると思ったの
 
そして再び秋、色々あったらしい就活も何だかんだでほとんどの学生がハッピーエンドを迎え、その段階でエンドしていない学生はマジで誰も話題にできないという状況となります。どのような結末を選択したにせよ、4年生はなにかと停滞しがちであった卒論をまとめ上げなければなりません。より正しく表現するならば、4年生は卒論を絶対にまとめ上げなければなりません。絶対にこの期で合格しなければならない・・・そういえば筆者が大学院進学を決めてしまったとき、その種のプレッシャーがかかっていたことを思い出しました。その意味では、やっと彼らと同じ目線で手助けしてあげられるのかもしれない、というささやかな感触を得ながら、秋の4年ゼミはあっという間に太陽を沈ませていくのでした。一方で同じ時期の3年生はというと、やっぱり予想通りの反応が返ってくるのです。就活そろそろどうなの。いや、ええ、大丈夫っす。
 

 (ゼミを見守る)俺たちの就活は終わらない

 
このように、大学にとって就活への警戒感が解けない原因は、実は就活の開始時期やら水面下の蠢動の有無などではなく、一年中その影響下にどこかの年の学生を支配されている現状にあるのではないでしょうか。勢いよく巣立っていくであろう学生にとって新卒就活は原則として生涯一度ですが、毎年それを見送る教員にとって就活は一年がかりのストーリーがエンドレスリピートしている以外の何物でもないわけです。簡単に折り合えるものではないと思いますが、学業も就活も全力を尽くせるような取り決めの構築と徹底が、これからの大人達に強く望まれていることは間違いないでしょう。今はひとまず、それを成し得る力を持っている高貴な立場の皆さまの活躍を淡めに期待したいと思います。
 
以上、今回はいつも以上に他人の話で終わってしまったため、見出しで無駄に詠んだりして強引に抑揚をつけてみました。え、せっかくだからテレビ番組でよく見かけるあの怖い俳句の先生にでも見せてみたら、ですと? ああ、いえ、大丈夫っす。
 
 
 
(初出:2021/01/19)